祝 辞    京都大学再生医科学研究所 助教授 中村 達雄

この度、稲田病院が創立32周年を迎えられましたことを、心からお祝い申し上げます。 稲田病院におかれましては、昭和47年の創立以来、地域における医療の向上に、多大 な貢献をなされてまいりました。こうした長年にわたるご尽力に深く敬意を表する次第 であります。さて私たち京都大学再生医科学研究所では2002年、開発した新しい人工神経を世界に 先駆けて臨床応用をするにあたって、当時奈良県立医科大学講師であった稲田有史先生 (現稲田病院院長)に御願いいたしました。これは稲田院長がこの分野の第一人者であり、 熟達した技術と豊富な臨床経験を有していたからであります。現在までに、稲田院長は、 奈良医大ならびに稲田病院ですでに140名以上の患者さんをこの人工神経で治療されて、 その成果は海外の医学雑誌でも高い評価を得ています。私はそのすべての手術に立ち会 わせていただき、稲田院長の神技のごとき手術を目の当たりにしてきました。さらに術 後の患者さんの回復する姿をつぶさに見て、この治療が神経麻痺や耐え難い神経疼痛に 苦しむ多くの患者さんにとって福音となるという確信をますます深めております。今後 も稲田病院がこういった末梢神経損傷治療のパイオニアとして活躍されることを心より 期待しております。最後になりましたが、稲田病院のますますのご発展と、院長はじめ皆様のご健勝を祈 念いたしましてお祝いのことばといたします。

  祝 辞    京都大学再生医科学研究所 教授 田畑 泰彦

私は京都大学再生医科学研究所で生体材料学分野を担当しています。 その分野の一つの柱が、生体組織の再生誘導の場を作り与えることを目的とした材料、技術、方法論の研究領域である 生体組織工学(Tissue Engineering)です。この生体組織工学を通して、これまでに、同研究所の清水慶彦先生の研究 室とは多くの研究プロジェクトを進めてきました。生体吸収性高分子からなるチューブを用いた末梢神経の再生誘導治 療は、清水研究室の中心的な大きなプロジェクトであり、これまでにも学術雑誌や学会発表などでよくその優れた成果 を目にしていました。そのプロジェクトの臨床研究を中心的に行っているのが、稲田有史先生であることは、以前から 存じ上げていましたが、先生とは、時々、研究所の廊下でお会いするだけで、お話をする機会はほとんどありませんで した。昨年、京都大学は21世紀COE(Center of Excellence)プログラム「融合的移植再生治療を目指す国際拠点 形成」が採択され、私がその平成16年度第一回21世紀COEセミナーの開催を任されました。その時に考えたこと は、再生医療の実現には、細胞も大切であるが、細胞の周辺環境としての再生誘導の場を作る生体組織工学が必要不可 欠であることを強調できるようなセミナーを行いたいということでした。そこで、セミナーのタイトルを「生体組織工 学をベースとした再生医療の最前線」とし、再生医学ではなく、生体組織工学を利用した再生医療を実践している先生 方をお呼びしました。多数の参加をいただき、所期の目的を十分に達成することができました。COEセミナーで稲田有史 先生に「末梢神経損傷に対する生体内再生医療―PGA-collagen tubeの臨床応用」のお話をいただきました。予想通り、 その内容はすばらしく、生体吸収性チューブを用いた末梢神経再生の臨床例は大変、印象深いものでした。その後、より 詳しいお話をお聞きしたいと思い、稲田先生を小生の研究室のセミナーにお招きしました。これまでの研究の流れ、生体 組織工学に対する期待、臨床試験に対する考えかたなど、通常の学会発表では聞くことができない内容を先生からお聞き するとともに、最先端の臨床研究の成果を見せていただきました。その時の驚きと感動に満ちたセミナーの雰囲気は、今 でも鮮明に記憶しています。私自身もすばらしい研究成果と臨床例を間じかで見聞きできたことに大きな感銘をうけまし た。私はこれまで27年間にわたって、体の中で用いる材料、すなわち生体材料の研究を続けています。体の中に入った材 料が体になじむのか?あるいは、なじまずに拒絶されるのか?この命題に対する材料側からの多くの研究が行われていま す。生体と材料との相互作用は、まず、材料表面で始まり、続いて材料自身の硬さ軟らかさなどの物性がその相互作用に 影響を与えると考えられます。材料の表面、バルク物性に関する生体材料学はかなり進歩し、現在、それらの研究成果を 基にいろいろな医療用材料が治療に用いられています。しかしながら、材料側にも生体側にも未知な部分がまだまだ多く、 現時点では、血栓ができないようなあるいは体になじむような理想的な材料を得ることはきわめて難しいのが現状であり ます。この医療材料を利用して行われているのが再建外科治療です。もう1つの治療法が臓器移植ですが、ドナー不足お よび免疫拒絶抑制薬物の副作用などに問題は多いことが知られています。再建外科治療も移植治療も、ともに、現在の外 科治療に大いに貢献していることには疑いはありませんが、その限界も見えてきています。このような状況で生まれてき たのが、再生医療であります。この基本発想は生体の本来もっている自然治癒力を最大限に引き出して、生体組織の再生 誘導能力を基礎として病気の治療を行うことです。生体内での再生誘導の方法に大きく分けて2つあります。1つは細胞 を積極的に用いる細胞治療であり、もう1つは細胞が増殖、分化しやすい環境(場)を与え、体内に存在する細胞による 生体組織の再生を誘導する方法であります。この後者がRobert LangerとJoseph Vacantiとの両名が提唱した生体組織工学 (tissue engineering)であり、再生医療の原型であります。再生誘導の場を作るためには、種々の生体材料が様々な形状 で、異なる方法論によって利用されています。細胞の増殖、分化のための足場材料、細胞、液性因子などの攻撃から再生誘 導の場を守るための隔離、あるいは細胞の増殖、分化を促す生体因子(細胞増殖因子、遺伝子など)の生物活性を高める工 夫(ドラッグデリバリーシステム、DDS)などがその基盤技術であります。生体組織工学的な生体組織の再生誘導治療(再生 医療)のもっとも単純なアプローチは、細胞の足場を利用する方法であります。例えば、生体組織の欠損部にコラーゲンスポ ンジを埋入することだけで、スポンジ足場がその周辺にいる細胞のための再生誘導の場となり、生体組織が自然と再生修復さ れていきます。この方法によって、皮膚真皮、気管、食道、硬膜などの再生誘導が可能となっています。しかしながら、再生 に必要な周辺組織の細胞が少なく、あるいは細胞の増殖、分化を促す細胞増殖因子の濃度が低い時などは、再生誘導は期待で きません。このような場合には、細胞や生体因子を足場と組み合わせて用います。末梢神経の再生誘導チューブは、細胞や液 性成分から神経再生のための場を守る隔離膜としてのチューブ壁とチューブ内にある足場としてのコラーゲンスポンジとから なっています。この人工チューブを用いた末梢神経の再生誘導についての動物実験結果は、前述の再生誘導のための適切な場 を与えることで生体組織が再生修復することを実証した貴重な例であると考えられます。さらに、百数十例にもおよぶ臨床試 験を通して、神経誘導チューブの有効性がヒトにおいても明らかにされつつあります。これらの一連の成果は、生体は本来、 優れた再生能力をもっていること、また、再生誘導の場をうまく設定することで、その能力を引き出すことができることを示 し、小生を含む生体組織工学を志す研究者に対して大きな推進力と目標となることは疑いありません。もちろん、今後、解明 しなければならないことも多く残されていますが、これまでの治療の歴史をふりかえっても、病気の治療がそのメカニズムが わかって行われるのではなく、そのような例はむしろわずかであります。稲田有史先生が清水慶彦、中村達夫先生とともに進 められておられる意義のある大きなチャレンジを私は心から応援したい。最後になりましたが、稲田有史病院の2004年度 業績集く機会を与えていただいたことに、深く感謝いたします。